数学苦手な人って文章問題とかを解く時に、「どのように解いていくか」という方針を決めずにむやみに突っ走り、結果、正解にたどり着けない。あげく、数学嫌いになり、「三角関数も微積も日常生活では何の役にも立たねえし」とか言って暴れがちじゃないですか。本職の事ですが。

対して、数学出来る人は、複雑な問題というのは小さな(かつ簡単な)問題の複合に過ぎないので、問題を細かく分解して、それを順々に捌いて最後に正解にもっていけばよい、という考え方をするそうです。

実は外国語で物を書く、話すときに必要な発想もまさにこれです。例えば、

「今日、ここで私は太郎と話す」

をスペイン語にせよという問題があったとします。本職の見る限り、外国語苦手な人ほど、

今日 を訳す> ここで を訳す> 私は を訳す……

という具合に頭から一語ずつスペイン語に訳していくというアプローチをとりがちです。こういうやりかただと、なかなか外国語で表現することは難しいでしょう。また、読むのもキツいのではないでしょうか。なぜなら、これ、言語の本質を丸無視したものだからです。

文というものは、一見、単語が左から右に一つずつ並んでできているように見えます。だから、↑のようなアプローチになるのでしょうが、実はそうではありません。ちょっと回り道になりますが、以下の英文の意味を考えてみましょう。

I saw a man with glasses.

この文、二つの意味があるのはお判りでしょうか。

私は眼鏡で男を見た。

私は眼鏡の男を見た。

ですね。この文がこうして二通りに解釈され得るということは、文が単に単語が左から右に並んだものでないことの証拠になります。そして、文とは、単語が集まって塊を作り、さらにその塊がつながることでできていることを示しています。要は、

私は眼鏡で男を見た: [I saw a man] [with glasses].

私は眼鏡の男を見た: [I saw] [a man with glasses].

ということです。この 語 > 塊 > 文 はまさに人間言語の本質です。格好良く言うと、文には内部構造がある、ということです。母語だと意識せずにこの流れで文を作れるのですが、外国語だと慣れるまではこの点を強く意識する必要があります。

既に皆さんは文を組み立てるのに十分なパーツを既に学習しました(名詞、動詞、形容詞等)。この辺りで、「頭から一語ずつ訳す方式」を捨てて、「まず塊を作る方式」に移行しましょう。この塊方式で文を作るための発想を解説したテキストを作りましたので、じっくり読んでみてください。「めんどくせえ……」と思われるかもしれませんが、慣れると無意識でやれるようになる話ですので、まあ、慣れるまではじっくり行きましょう。

By qsupe

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