「高校の世界史で精神的勝利法を学んでから、今に至るまで実践を続けてきた結果、大抵のやつに精神的に勝てるようになった。最近卒アルを適当に開いて目に入った昔の同級生相手に精神的に勝つ遊びにはまってるんだわ。『こいつには収入で勝てる』、『こっちには自宅の立地で勝てる』みたいな感じで。お前らも「なんたまランキング」、上げていこうぜ」

以前、高校の同級生たちと飲んでいた時にいなべ君がこのようなことを言った。精神的勝利法とは魯迅先生の提唱した、「弱者が心の中では強者に勝っていると信じ込むことでプライドを守る」という術のことであり、「なんたま」というのは彼や本職の出身高校の愛称である。要は彼は、夜な夜な、ランダムに選んだかつての同級生相手に精神的なマウントをとって遊んでいるのであった。

彼が自分の器の小ささを誇張気味にネタにするのは昔からのことなので、その場にいた本職以外の面々は笑って聞いて彼の小物ぶりを笑っていた。が、そんな中、本職は一人、決まりの悪さを感じていた。というのも、本職、彼の言う「なんたまランキング」みたいなことを割と素でやっているからである。インターネッツ等にいるスペイン語に自信ニキ/ネキみたいな人のガバガバスペイン語を聞いては、「う~ん、彼らのスペイン語にはキレ?コク?みたいなのがないよね(笑)」みたいなことを考えて悦に入り、自転車通勤中に自転車登校中の高校生男子をすまし顔(実際は結構な心拍数になっていることが多い)で抜き去っては「おじさん、まだ現役な感じ(笑)?」と気を良くする。ラーメン屋において、隣の客が得意げに「バリカタで!」とか言おうものなら、「観光客かな(笑)?」とニコニコする。本職はそんな人間である。それだけに、はら君がいなべ君に対して言った、「お前、流石にキショいわ(笑)」が本職の心にはよく刺さった。

ただ、自己弁護したいわけではないが、皆様誰しも、程度の差こそあれこんな感じのメンタリティを持っているのではなかろうか。というのも、最近、「Envidiosa/こじらせてるって言わないで!」というネトフリオリジナルのアルゼンチンドラマを見たからそう思うのである。

これはビッキーという40歳の女性のお話なのだが、このビッキーが本職やいなべ君とは比べ物にならないレベルの精神的勝利の鬼。家族、友人、同僚はもちろん、目に入る森羅万象と己を比較し、詭弁ですらない無茶苦茶な理由で勝利を宣言していく様は圧巻。本職は精神的勝利を収めても心の中でほくそ笑むだけだが、ビッキーは調子がいいと「あたいの勝ちだから」ときちんと宣言をする。地球の真裏のアルゼンチンにも、このレベルの精神的勝利の求道者がいるなら、多分、世界中どこ行っても人間なんてそんなもんなんではないか、と。

そんなビッキー、恋も仕事も常に微妙にうまくいかず、苛立っては暴走し、さらに状況を悪化させる。このサイクルで視聴者の笑いを誘う、という型のコメディなのだが、精神的勝利中毒気味の己を恥じ、反省している本職は面白いやら、身につまされるやらという気分にさせられた。

以上の本筋以外にも、なんのかんのビッキーを見捨てない友人たちの愛情深さとか、彼女のことを憎からず思う男たちの聖人っぷりも味わい深くてよい。

また、二人称が tú ではなく vos で(動詞の活用も当然異なる) 、イタリア語のような抑揚の効いたアルゼンチンスペイン語にも、スペイン語を勉強したことのある人なら興味深さを覚えるのではなかろうか。そういう意味でもお勧めしたい作品。

ただなあ、原題が Envidiosa ‘嫉妬深い女’なのになんで「こじらせてるって言わないで!」みたいなセンス皆無の邦題になるんだろうか。特に「!」がセンス最悪で見てられないという気分になるな。小学校の時の国語で「よくできる」以外をとったことのない本職なら、「ビッキー嫉妬地獄」とでもするなあ、こっちの方が端的で本質をついていてよっぽど優れていると言えるだろう(精神的勝利)。

By qsupe

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