本職、喧嘩全般の観戦が好物なこともあり、各種 SNS のタイムラインには結構な頻度でいろんなタイプの喧嘩が流れてくる。おかげさまで、わざわざ「歌舞伎町 喧嘩」、「ディズニー 割り込み トラブル」とか「甲子園 外野席 口論」とか検索せずとも熱い戦いを見ることができて楽ちんであるな、と以前は暢気にしていたんだが、昨今の SNS におけるバウトはちょっとブレーキが効いてなさすぎといった塩梅で見ていてしんどく、辟易している。

対面での喧嘩、口論は「さすがに〇〇とか□□みたいな言葉は言っちゃいけないよな」という精神的なブレーキの効きが大抵あるし、「誰か、早く止めに入ってくんないかな……なんで喧嘩なんかおっぱじめちまったんだ……」みたいな弱気が見られたりするのがいい。ヒヨり、ビビりと言われれば、まあそうなんだろうが、良識とか愛とかでもあるのではないかと思う。

一方、昨今のインターネット上の喧嘩は相手の顔が見えないことが大いに影響しているんだろうが、歯止めも秩序もあったものではなく、ただただ惨たらしい。うっかりこうした血で血を洗うような罵り合いを目にするたびに、「こんなのは……俺の好きな喧嘩じゃねえ……」と戦闘狂キャラみたいなことをつぶやいてしまうし、授業と喧嘩は対面に限る、と実感する。

そんなわけで、ここ数年は「ああ、一応の、最低限の秩序のあるファイトを観てえなあ」とつぶやきながら生きてきたのだが、昨年の夏、ちょうど求めていたものに出会えた。前置きが長くなったが、表題のネトフリスペインドラマ、「アルファ男の条件(原題: Machos alfa)」である。公式によるあらすじは以下の通り。ジャンルはコメディ。

ペドロ、ルイス、ラウル、そしてサンティは、強い女性たちが活躍する現代の価値観に戸惑う中年男の4人組。それぞれが、時代の変化に適応しようと不器用ながらも奮闘してゆく。

このドラマがスペインのみならず世界規模で大ヒットしているということは以前から知っていたが、本職、根がどこまでも低俗にできているため、「気になるけど、タイトルとあらすじから説教のにおいがするんだよな……Emily in Paris でも見よっと」と早とちりし、長い間、このドラマにはノータッチであった。非常にもったいないことをしたなと思っている。というのも、このドラマ、本質的には喧嘩モノだからである。良質な喧嘩を観戦したいという欲をかなりの度合いまで満たしてくれた。

あらすじにある通り、四人の前時代的な価値観のおじさんたちが主人公なのだが、その対極としてでてくるアップデートされた価値観の持ち主たちも、それはそれでろくでなしであるところがよい。

そして、価値観のアップデート度合いに関わらず、登場人物がほぼ全員異様に喧嘩っ早いところがこの作品のキモであろう。まあ、毎回、みなさん景気よく喧嘩をなさる。それぞれろくでなしで、乱暴で時に卑怯なのだが欺瞞はなく、さらに全員それなりに人がいいので陰惨な争いにはならないので安心されたい。

さらに、風刺ドラマなので、登場人物はそれぞれわかりやすく現代社会の様々な概念を代表しているので、喧嘩の構図、アングルみたいなものが生じており、プロレス風でよい。

男尊女卑中年男性 VS バリキャリ中年女性

有害な男性性を持つ母親 VS 性自認が男の娘

ひたすら助平な中年男性 VS カトリック過激派中年女性

等など。もちろんこれはドラマなのだが、それぞれが自分を正当化したり、相手をやり込めるために無茶苦茶な言い分を振り回す様子はスペインの俳優の技術もあり、毎回見ごたえがある。年明けに、このドラマの最新シーズンと件のおしゃれドラマ、 Emily in Paris の最新シーズンがほぼ同時にリリースとなったが、迷うことなく本職はアルファ男性から見始め、二日で完走してしまった。本当に個人的傑作なので、強くお勧めしたい作品である。

おまけとして、価値観をアップデートし、有害な男性性を脱構築するための語彙集を付す。

Masculinidad tóxica ‘有害な男性性’

Deconstrucción de la masculinidad tóxica ‘有害な男性性の脱構築’

Patriarcado ‘家父長制’

Matriarcado ‘家母長制’

Machirulo ‘性差別主義者の(よろしくない、見下げ果てた)男性’

Misoginia ‘女性嫌悪、ミソジニー’

Pareja abierta ‘浮気などが公認されているパートナーとの関係性、オープンリレーションシップ’

Cosificar ‘人を物のように扱う’

By qsupe

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